「セネセネって、甘いもの好きなの?」
ノーマは瓶に詰められたイチゴジャムを手に取り、隣で昼食の準備をしているセネルに尋ねた。
「どうして」
「だってさ、いっつもこれ置いてあるし」
そう言って掲げたジャムをセネルはちらりと見て、ああ、と呟いた。
「それが気に入ってるだけだ。甘いものが特別好きなわけじゃない」
「……へー」
「なんだよ、人の顔をじろじろ見て」
「可愛い好物だなあって思って」
セネルは一瞬目を丸くした後、ふいと余所を向いてしまった。どうやら恥ずかしかったようだ。全くかわいいやつめ。ノーマはこっそりと笑った。
「それにしてもさ、よっぽどこれ好きなんだね」
ノーマは手にしたジャムをしげしげと眺める。特に変わった所は見られない。
いつ来ても瓶の中身が空になっていない所以外には。
「何処がそんなに好きなの」
自分だってジャムは好きだ。けれど、無ければ無いでいい。
切らさずに、欠かさずに、そんな風に思うほど美味しいだろうか。
しばしの静寂。無視されたかと思われた問いに答えが返ってくる。
「昔、ステラが作ってくれたことが有ったんだ」
不意に出て来た名前に、少し心が揺れた。
「それまで、そんなの食べた事無かったからさ。こんなに美味しいものがあるのかって感動して」 いつしか規則的に鳴っていた包丁の音は止まっていた。どこか明るく、子供のような響きを持った彼の声だけが止まらずに聞こえる。
「それから馬鹿みたいに食べてる気がする。不思議と飽きないんだ」
なんとなく、その気持ちがノーマには判るような気がした。自分にもそういう出来事が有った。初めて自分の力で手に入れた宝のなんと美しい事。あの時感じた感動は、やみつきになった。気付けば自分は師匠の背中を追いかけるトレジャーハンターになっていた。エバーライトを見つけ夢を叶えた今でもトレジャーハンターをやめられないのは、そういった経験からだろう。感動が色褪せてしまわないように同じ行動を取り続ける。セネルもきっとそうなのだ。
「女々しい、って思われるかもしれないけどな」
「……そんなことないよ。うん」
ステラとの想い出にしがみつくためなら女々しいと思ったかもしれない。けれど違った。ただ単に好きだっただけ。けして口数の多い方ではないセネルが、これだけ話す時点で、充分それが判った。
「いいんじゃない?思い出の味ってことで」
ノーマは再度ジャムを眺めた。瓶に詰められた深い赤色のそれ。ここには沢山の思い出が詰まっているんだろうな、とノーマは思いを巡らせる。少年だったセネルが感じた大切な感情と一緒に、色々な出来事もきっと、あふれてしまいそうなくらいに、
「……そうだ!今度、あたしも作ってあげるよ!」
「え?」
「ノーマちゃんにまっかせなさーい」
僅かに嫉妬に似た感情がよぎったので、ノーマはそれ を吹き飛ばしてしまおうとした。ここに、自分との思い出も詰めてやりたい。いつか彼と別れてしまっても、食べる度に思い出してもらえるように。
「大丈夫なのかよ」
セネルは怪訝そうに眉間に皺を寄せている。失礼なやつめ今に見ていろ、きっと中毒にしてやるから!ノーマはどん、と自身の胸を叩いてみせる。
「期待はしてないけど、まあ、楽しみにしとくよ」
「うんうん……って期待もしろよ!」「無理だな」
「何でじゃー!」
こんな風にけらけらと笑っていられる時間も、垣間見る事が出来た貴重な彼の過去も、感化されて思い出した自分の経験も、愛情も、ほんの少しの嫉妬も、何もかも贅沢に詰め込んでしまおう。こんな小さな瓶では収まらないかもしれないなあとノーマは瓶をもう一度だけ掲げた。光を受けてきらり光る赤。何だか自分も好きになってしまいそうだ。大好きなひとの大好きなもの。それはとてもいとおしく思えた。
それから時が経った。空にならない瓶は今日もやっぱり満杯なのだ。ちょっとだけ味が変わっても、それはそれで良いものだった。またひとつ、思い出す事が増えたなと笑いながら焼き立てトーストを齧る。そうして蘇る感情に口許をほころばせるのだった。
瓶詰めメモリ
(きらりきらりといつまでも)
*あとがき
セネル総受け企画「白銀に魅せられて」様に提出させていただきました。ノーマにいろいろ振り回されるセネルが好きです。素敵な企画に参加させて頂き、有難うございました!