「何をそわそわしているの」
と、うんざりした顔のティアに指摘されるまで気がつかなかった。
あと一つのフラッグを手に入れれば、ユグドラシルバトル決勝戦の場である精霊島に入れる資格がもらえる。呆然と頬杖をつくルークの前、テーブルの上でもそもそと林檎にかじりついているナビミュウが確かにそう言った。
うろうろと回りまわってフラッグを持つものを探すよりはこの港町で待ち伏せた方が利口な策だろうと二人結論を出し、ナビミュウが反応するまで適当な場所で待機することにしたのだ。そして、現在いるのは宿屋のロビー。
船着き場の見える窓の前で、ルークはしきりに海を眺めては頬を突く手を変えたり、空になっているコップをいじったりしている。本人は気がついていないのだろうが、それを斜め正面から見ているティアは落ち着かなくてたまったものではない。
もちろん、同じ目的を持つ者達が現れたならすぐに出られる準備はするが、そうではないこの一時の休息ぐらいはゆっくりと茶を楽しみたいものだ。
それに前日にあったことの手前、そうして港ばかりを気にかける理由も大体の見当がつくために、はぁぁとつい本人に向けてため息をついてやりたくなる。指摘すれば顔を真っ赤にして騒ぎ出すのは目に見えてるので言わないが。
だがもはや布ズレの音すら我慢ならなくなったので、声をかけてしまったのだ。
「え?お、俺そわそわしてる?」
ぱちくりと擬音が聞こえてきそうなほど、天然さを顔に乗せてルークはこちらを見た。まったくもって無自覚の癖に態度はあからさまなのだからやっていられない。
とりあえずは落ち着きなさいと持ち上げていた紅茶のカップを置けば、翡翠の瞳が申し訳なさそうに伏せられる。どこからどう見ても恋わずらいの症状に、自分のことでないながらすこし、彼のことが心配になった。
今回のコトを越え、彼に立派な皇帝の称号が与えられたなら、もう思いのままには行動できなくなるのに。
宿屋の入り口の扉が開き、ガタイのいい中年の男が入ってきた。港で働いている者の一人らしい。
女主人が笑顔で声をかけ、両手に持った荷物を受け取りながら何気ない会話をしている。その中に含められた言葉の一端にルークは反応し、こちらが驚いてしまうほどの速さで二人のほうを振り返り見た。ミュウも元々大きな瞳をさらに広げて上を見上げている。
「おっさん、今なんて言った!?」
「え?何って…」
「さっきウチの若いモンって、もしかして、セネル帰ってきてんのか?」
「ああ、なんだいボウズ、セネルの知り合いかい?
アイツならついさっき精霊島から戻ってきたぜ。この依頼の荷物もな、島に行く用事が出来たっつーから帰りにとってきてもらったんだよ」
(すでに証を手に入れたシグルスがいたのかしら)
若干の懸念を抱いたが、ルークの方はその点に関してまったく気にしていないらしい。目的の人物が戻ってきていることを確認したら言葉の最後は殆ど耳に入れることなく、傍の道具袋をがさがさと漁ったあとに宿屋を飛び出していった。
どうしたんだい彼は、と疑問を含んだ声で問う漁師に「なんでもないんです、ありがとう」と代わりに礼を述べると、ですの、とミュウも頭を下げた。
まったくもって、こんな自分は甘い。国の権力者の子として大事に大事に育てられた環境の中、押し殺してきた感情を目の当たりにしたせいだろうか。
不自由なようでいて自由じゃない環境から派生する感情。その一面を見た時に、世間を知る目的も含めたこの旅が、軍人の任務とは別の意味でとても大事なものに思えてきたのだ。一時ではあるが箱庭から開放された彼はまるで子供のようで、眩しくて仕方が無い。
道具袋に詰め込んでいた、朝の時間に街のはずれで摘んできた花をルークはあの青年に渡すつもりなのだろう。日もすっかり暮れた頃についた港町で、シグルスの情報を聞こうと声をかけた青年は銀の髪をしていた。手入れのされていなさそうなそれはしかし元々の質がよいのか、夕暮れの赤と夜の青に染められてきらきらと星に負けず輝いていたのを覚えている。それほどに印象的だったのだ。話をする隣でルークがわずか口を開けたまま青年を見つめていたのも相まって。
今朝私が目を覚ますより先に起きて(こういう時だけ行動が早いのはすこし腹立たしくも思うが可愛らしいので許す)街に入った時に見かけた花をあの気にかけていた青年に渡そうと摘んだらしいが、それよりももっと早く青年は仕事に取り掛かり海に出ていたようだ。目を覚ましたらいなくて心配したのだと涙目で訴えるミュウをいつものように突き放すかと思いきや、ルークは力なく笑って頭を撫でた。
港への道から宿へ戻ってきた彼の、その手に握ったひと束を見て、私は大体わかってしまったのだ。
「もう…シグルスがやってきたらどうするつもりなのかしらね」
「みゅう」
言葉に反して口元が笑っている私を、ミュウが不思議そうに見つめている。
いいだろう。もうそこまで迫ってきているゴールラインを超えてしまうまでは、彼を自由にしてやるのも。だが、世界の頂点までは必ず私が導く。
「だから、そっちは自分で頑張りなさい」
恋の指導はちょっと自信ないからね。
デメテルは微笑む
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あれ?これティアルク…
セネルが気になるあのこ程度の演出でごめんなさい;